派遣法の歴史

  • 1986年・・・労働者派遣法施工 専門的13業務 ( ソフトウェア開発、事務機器操作、通訳、翻訳、速記など) でスタート。
  • 1996年・・・対象業務を26業務に拡大
    種類 専門的26業務 ( 期間の制限なし )
    事務 OA機器操作、フアイリング、秘書、財務処理、取引文書作成、調査
    技術 OAインストラクション、ソフトウエア開発、機械設計、研究開発
    マスコミ 書籍等の製作・編集、広告デザイン、アナウンサー、放送機器などの操作、放送番組などの演出、放送番組などの大道具・小道具
    サービス・ 営業 デモンストレーション、テレマーケティング、添乗、セールスエンジニアの営業、金融商品の営業、建築物清掃、建築設備運転、点検、整備、受付・案内、駐車場などの管理
    その他 通訳・翻訳・速記、事業の実施体制の企画・立案、インテリアコーデイネーター
  • 1999年・・・派遣業種をさらに拡大 除外業務(港湾運送業務、建設業務、警備業務、医療関係の業務、物の製造の業務、弁護士、司法書士、公認会計士)以外を解禁
  • 2004年・・・物の製造業務の派遣解禁 この改正により派遣労働者が、約33万人(2000年)から約140万人(2008年)に増加し、労働者全体の1/3が非正規労働者となった。
  • 2006年・・・医療関係業務の一部で派遣解禁
  • 2012年・・・改正法により、日雇い派遣が原則禁止となる
  • 2015年・・・派遣期間の制限見直しで生涯派遣\(^o^)/
派遣法改正で派遣はこうなる!
Youtubeで2014年派遣法改正案の時に、平成27年9月30日施行された今回の派遣法改正について、わかりやすく解説してる人がいました。 一言 小泉政権時の派遣法改正(製造業の派遣解禁)で一気に日本の国力が低下したなと思う。まぁ本当の意味での分岐点は1997年の橋本内閣以降からでその時から、毎年の自殺者数が2万人から3万人になってるんだよね。まぁYoutubeで三橋貴明先生や中野剛志先生、柴山桂太先生などの動画を見たらわかることで、ちょっと浅い一言で申し訳ない。 そしてもう一言、 今の日本には、かつての自動車王ヘンリー・フォードの労働哲学を再認識する必要が来てるのではないかと思う。そしての逸話
T型フォード生産の最盛期には、賃金は1日あたり6ドルとなった。また、さらに投資により、社の利益を共有する計画なども提供された。   フォードは福祉資本主義の先駆者で、転職率が高く毎年多数の労働者を新たに雇用しなければならない状況を改善するためもあり、労働者の待遇改善に努めた。最良の労働者を雇い続けることも効率向上の手段である。   1914年、日給5ドルを提示し、従来の賃金のほぼ2倍として世界を驚かせた。オハイオ州クリーブランドの新聞は、この発表について「この不況下の暗雲を突き抜けて目をくらませるようなロケットを放った」と評した。新たな労働者を雇う必要がなくなり、デトロイトで最上の機械工が集まったため、生産性が向上し、職業訓練コストが低減した。   日給5ドルを発表したのは1914年1月5日のことで、熟練労働者の最低日給を2.34ドルから5ドルに引き上げるというものだった。また資料によって詳細は異なるが、1週間の労働時間も減らした。   1922年の自伝によれば、週に6日間、1日8時間で48時間と記されており、1926年には週5日間の40時間労働となっている。 デトロイトはアメリカの中でも高賃金の都市だったが、フォードの賃上げのせいで競争相手は賃上げするか熟練労働者を失うかという状況に追い込まれた。さらに給料が増えた労働者は自分達が作っている自動車を購入できるようになり、経済的にもよい波及効果をもたらした。フォードはこの方針を賃上げというよりも利益分配だと説明した。   フォードに日給5ドルを進言し納得させたのは当時のデトロイト市長 Couzens とも言われている。  

Wikipedia「ヘンリー・フォード」の労働哲学より Wikipediaを見る

  要するに労働者もまた消費者ってこと。 松下幸之助とかもたしかそんな考えを持ってて、現存では京セラの稲盛会長もそうだったかな?忘れたけど とりあえず、これ見ると涙止まらんでぇ!。゚( ゚இωஇ゚)゚。